大判例

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神戸地方裁判所姫路支部 事件番号不詳 判決

主文

被告人を懲役六月に処する。

未決勾留日数中六十日を右本刑に算入する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

被告人は

第一、兵庫県印南郡東神吉村神吉錻力職小牧二一(昭和二十三年五月二十三日死亡当時三十四年)及同村神吉黒田堅二(当四十七年)とは従前より顔見知りの間柄である処右黒田は昭和二十三年五月十七日午後八時頃及其の習日の午後七時頃の二回に亘り同郡米田町東平津四十四番地の被告人方を訪れ米の売渡方を交渉した結果被告人は隣家の山田二郞事成本漢几を誘い両名で右黒田より白米四斗を代金八千円で買受ける旨契約し米は翌朝取りに行く約定の下に即時自己の手持金千円と右成本の所持金六千円とを合せ金七千円をその手附金として右黒田に支払つたのであるが被告人は右二回に亘る黒田との応待の際幾分酩酊して居たのと黒田と小牧とが一見相似て居ることより右黒田を小牧二一と誤信し翌十九日の朝前記小牧方に右米を引取りに行き小牧より「自分は米を売つたことも金を受け取つたこともない人違ではないか」と注意されて始めて之は誰かとの人違をしたと気付いたのであるが当時被告人は真の売主を捜索する方途なく困却していた折柄前記成本夫妻より右手附金の中六千円を出金させた関係上性急にその責任を追求され自己の立場に窮した結果ついに同月二十一日頃印南郡米田町警察署に出頭して故意に右疑念を黙秘し右小牧二一が白米四斗の売買手附金名下に七千円を騙取した旨詐欺罪の告訴を為し同署司法主任に対し右詐欺犯人は小牧二一に絶対に相違ない旨申立て以て誣告し

第二、前記の事実に付同年六月三日神戸地方検察庁姫路支部検察官より誣告罪の訴追を受け当裁判所に於て審理の結果同年五月十七、八日の二回に亘り被告人方に米を売込に行き白米四斗を八千円で被告人に売渡す旨契約し手附金七千円を受取つた者は黒田堅二であつたこと、右黒田が被告人方に米を売りに行つたとき二回共被告人は酒か焼酎を飲んで居たこと及同月十九日被告人は右小牧方に米を取りに行き同人より自分は米を売つたことも金を受取つたこともない人違ではないかと注意されて被告人もその人違であることに気付いて居た事実が判明したにも拘らず被告人は飽く迄右誣告の刑事責任を免れるが為同年八月七日公開の公判延に於て故意に右各事実を否認し右白米売買手附金名下に七千円を詐取した犯人は小犯二一に絶対相違ない旨真意に反して誣罔の主張を為し以て防禦権の範囲を逸脱し公然虚偽の事実を摘示して死者である小牧二一の名誉を毀損し

たものである。

証拠を按ずるに

右第一の事実は

一、被告人の当公廷に於ける冒頭より白米を買受ける契約をして手附金七千円を支払ふに至つた迄の事実中売主が黒田堅二である点を除き判示同旨の供述並判示の日時判示の様な詐欺の告訴をしたことは相違ない旨の供述

二、本件第三回公判調書中証人池田〓雄の供述として自分は米田町警察署司法係主任であるが昭和二十三年五月二十一日被告人から詐欺の告訴状が出て即日被告訴人小牧二一を呼出し被告人と対質させて調べた処小牧は全然そんな事は身に覚えがないと言ふし被告人は小牧に相違ないと言ふて居た旨の記載

三、本件第三回公判調書中黒田堅二の供述として自分は十年程前から被告人を知つて居るが昭和二十三年五月十七、八日頃の夕方から被告人方へ尋ねて行き白米四斗を八千円で売る約束をし米は翌朝早く取りに行くからと言ふことであつたのでその翌朝七、八時頃村の共同精米所で一俵搗いて待つて居たが来ないのでその日昼頃米を取りに来いと言ふて被告人方に行つたが誰も居なかつたので又晩七時頃被告人方に行き米は要ぬのか要ぬのやつたらこちらも金が要ることがあるから要るもんなら早く取りに来いと言つたすると被告人は今晩か明日取りに行くと言ひ千円程を自分に渡そうとしたので自分は明日米を取りに来た時でよいと言ふたがまあ持つて帰つて呉れと言つて私を待たして置いて隣の家へ行つて借りて来たらしく七千円呉れましたそして米は今晩か明日取りに行くと言ひましたその際自分は麦藁帽をかむり折襟のきたない菜葉服を着、国防色のズボンを覆いて何時も自分が乗つて居る婦人乗の自転車で行きましたそして米を取りに来るかと待つて居たがその晩も翌日も来ず何日待つても来んから四、五日してから早く米を取りに来いと言ふて行つたのですすると被告人は「小牧が死んだのを知つとるかとついたろか」と言つて非常に怒つたので自転車で逃げて帰りました自分が最初米を買つて呉れと言つて被告人方に行つたとき被告人は二回共酒か焼酎を飲んで居る様で香りがして居たとの旨の記載

四、本件第三回公判調書中証人小牧ひさの供述として自分は小牧二一の妻であるが二一は昭和二十三年五月十七、八日頃被告人の家へ米を売りに行つた事も金を貰つて来たこともありませぬ被告人方の田圃が自分の家の近所にありそこへ田圃して来て遊んで帰つたことがあり又二回程取引したことがある関係で被告人を知つたのです然し夫二一とは別に親しいことはありませぬ昭和二十三年五月十九日頃被告人が自分の家に米を取りに来たことはありますその時自分は二階に居り夫に下りて貰つたのですが私は誰でしたと言ふと金だと言ひ用件をきくと夫は何か米の事で人違をして来たので向ふのブリキ屋と違うかと言つて帰らしたと言つて居ましたそれから直ぐ又被告人が来たので事情をききましたがどう言う風をして来たかと夫が尋ねると被告人は麦藁帽を冠り婦人乗の自転車に乗つて来たと申して居り何時頃来たかときくと昨晩六時半頃だと言ふので夫がそれやつたら自分は家に居る時だと言ひ又自分は麦藁帽を着たりしたことはない何時もこんな風をしとるんだよう見て呉れと言うて居たすると被告人は「矢張り人が違ふのかなあ」と言つて帰りました又被告人が自分方へ来た時年齢は何の位の人が来たかと訊いたら被告人は五十か五十一、二やと言つたのでそんなんやつたら違ふと言つたのですそれから私は大きいかどうかを訊いたのですが被告人は自分は焼酎を飲んで居たので判然判らんと言うて居りました二一が警察から呼出を受けたのは二十一日の午後二時頃で夫が亡くなつたことは二十三日の朝聞きましたとの旨の記載

五、本件第三回公判調書中証人金川辰次の供述として自分は大正三年頃から自転車商をやつて居るが被告人とは十数年前から知合です昭和二十三年五月十九日の昼過に金馬大が私方へ自転車でやつて乗て来た自転車の「ホーク」が折れたので晩迄になほして呉れと言つて帰りましたが一時間位経つた午後二時頃又やつて来て自転車はなおつたかと言うことでしたそこで晩迄と言つたから未だなおつてないなにか急用でも出来たのかと訊くと金は「しようもないことが出来てなあ」と言つて居たそれでどんな事かと問ふと一昨日米買う話をして翌日行かなんだからその晩に又来て米要らんのやつたら他に買手があるから売ろうと思うが要らんのかと言うのでその時七千円渡したと言つて居たそれで今日米を貰ひに行つたところが違うのやと言うので誰に話したのかと問ふと「神吉のブリキ屋に話したと思ふのやが違うのや神吉のブリキ屋に一寸も違はぬ男や」と言つて居たそれでお前の方から米を取りに行くと言うとるのかと訊くと「そう言ふとんのや」と言うので「そんなら判らんのやつたら向うから来るから二、三日放つておかんかい」と言うと金は隣と一緒に買うとるからその家は今日の晩炊く米がないのやそれで困つとるのやと言ふて居たとの旨の記載

六、検事の金川辰次に対する聴取書中同人の陳述として昭和二十三年五月十九日午後二時頃に被告人が二回目に来た際「自分が米を買ふことにして金を渡した男は自分は錻力屋だ錻力屋だと思つて居たのだがそれが錻力屋と違うんや然し錻力屋と良く似た男で四十二、三才の婦人用自転車に乗つて来た男で顔を見ればよく判つて居るのだが名前も住所も知らないのでこれから神吉村の方に探しに行くんや」と申して居た私は「探しに行くにしても名前も家も知らないのでは雲を掴む様な頼りない話だ」といつてひどく困つて居た然し同人は尚「それかとて詐欺にかかつた様でもないのや米を売りに来た男はもし詐欺なら金を取つて行こうとするのがあたり前だが此方から金を渡そうとしたら男の方からいや金は明日米を取りに来てからでよいと言つて金を取るのを急がない風に見えたので自分の方から明日渡すのも一緒だから今持つて行つて呉れと言つて金を渡した様な訳でその様子からどうも詐欺でもなさそうなんや」と申して居た其処で私は「それならこれから雲を掴む様な探しに行くことをしなくても二、三日待つたらその男がお前の家に行くだろうから判るじやないか急いて探さんでも二、三日待つたらどうや」と申したら同人は「そうや二、三日待つたら分るだろうが実は渡した金の中の六千円は山田の家内から出して貰つれので山田の家内からわいわいうるさく言はれて困つてしまつて家にちつと待つて居る訳に行かんのやだからこれから探しに行つて見るのや」と申していた私は小牧二一と言う人は全然知らぬ被告人が自分の家に来た日来る前小牧の家に行つたかどうか当時は知らなかつたが後から聞くと被告人はその日自分の家に来る前に米を売つた男が小牧だと思つて小牧の家に行つて訊ねたそうですそれ故後から判つたのだが被告人は小牧を見て同人が米を売つた男でなかつたので私の所で「錻力屋だと思つたがそれが錻力屋と違うんや」と言つてひどく困つて居たのだろうと思うとの旨の記載

七、永井義雄作成に係る始末書中自分は小牧二一と同様錻力職で同人とは永年の知合で材料の購入等共に兄弟の様にして営業して居たが昭和二十三年五月小牧が死亡した当日の夕方自分が印南郡米田町平津の朝鮮人金某の家へ用談の為行つて居たら同郡神吉村神吉黒田堅二が来てふと見た瞬間前述の亡小牧とは体質、身長、顔、形等よく似て居る人で私が見ても此の様に思う位ですから他人が見ても間違ひ其の上朝鮮人が見た場合は一層人間違するのは当然の様に思う旨の記載

を綜合して之を認め

右第二の事実は

一、前記第一の事実立証の為引用した各証拠

二、本件第三回公判調書中被告人に対する誣告被告事件に付き昭和二十三年八月七日当庁に於て公判を開延した上裁判官は証人小牧ひさ、黒田堅二、金川辰次、池田〓雄を各訊問後被告人に対し証言に付意見を求めた処被告人は黒田は嘘を言うて居ります自分が米を買う約束をして金を渡した相手は黒田では絶対になく小牧二一に間違ありません又当時自分は酒も焼酎も飲んでは居りません池田の証言に付ては別に意見はありませんが小牧と金川の証言も亦嘘で自分は同人等と人間違ひをしたとか其の他同人等の証言した様な話をした覚はありませぬ小牧二一は事実私から米の売買手附金七千円を取りながら米を取りに行くと自分ではないと言つて引渡さないのですから同人が手附金を詐取したものに間違ありませぬと答えた旨の記載

三、昭和二十三年六月三日附神戸地方検察庁姫路支部検察官寺沢真人作成に係る被告人に対する誣告被告事件の起訴状中同日被告人に関する判示第一の事実と同旨の誣告の事実に付当裁判所に公判を請求する旨の記載

を綜合して之を認める。

法律に照すに被告人の判示所為中第一の点は刑法第百七十二条第百六十九条に、第二の点は同法第二百三十条に該当する処以上は刑法第四十五条前段の併合罪であるから名誉毀損罪に付所定刑中懲役刑を選択した上同法第四十七条第十条に依り重い誣告罪の刑に同法第四十七条但書の制限内で法定の加重を為した刑期範囲内で被告人を懲役六月に処し刑法第二十一条に依り未決勾留日数中六十日を右本刑に算入すべく訴訟費用は刑事訴訟法第二百三十七条第一項に則り全部被告人をして之を負担さすべきものとし主文の通り判決した。(昭和二三年九月二〇日神戸地方裁判所姫路支部)

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